戦略的放浪家バックパッキャオの世界制覇! 200ヶ国の街ブラ紀行と其の雑記

戦略的放浪家(Strategic Nomad)兼アスリート経営者の旅と生活のユニーク情報発信ブログ。難病のモヤモヤ病等で10回以上死にかけながらも世界150ヵ国以上に張り巡らしたネットワークを活用しなが居候的な旅をする。確立したトラベルスタイル(バックパッカーのような旅をしながらもキャリーのスーツケース派)から自称バックパッキャー。呼びづらいので呼称をバックパッキャオ!にされる[アジア人で左利き(サウスポー)+ナイフ強盗退治の経歴からボクサーのパッキャオ(Manny Pacquiao)とかけあわせて]

語学と脳の変換機能(バイリンガルスイッチの構築)

Hola

内容

米国のもうひとつの公用語

語学僕自身は日本語から英語という日本の義務教育通りの順序で学び、米国留学中にスペイン語、と学んでいるうちに語学というものが趣味になっていった。

そもそもスペイン語を話すようになっていったきっかけは学内や地域の日本人コミュニティみたいなものに馴染めなかったことからだ。その代わりといってはなんだが、南米系のコミュニティには何かと順応できるようになっていた。

米国という国の公用語は英語だけれど現地人でも両親が何系かによって家庭内で話す言葉は様々。そのなかでも群を抜いて多いのがスペイン語を使う人々。街中のショップやデパート等の店員さんの多くもスペイン語が通じる。フロリダ、特にマイアミでは英語よりもスペイン語の方が通じるといっても過言ではない。

はじめは何を言っているかわからないスペイン語も友人がしゃべっている物まねをしてみたりすると、単語の解説等しながら教えてくれたし、それとセットで悪い言葉を教えてくれる。そして「この言葉をあいつに言ってみろ」なんておもちゃにされながら少しずつ学んでいくのだ。ほんと不思議なことに悪い言葉って覚えるの早いのよね。

そんなカタコトの実践学習をするうちにちゃんとした文章をしゃべってみたくなり、日本から文法書と単語集を送ってもらって学習するまでになった。

言葉の魔法

なぜそこまでハマったのかというと、言葉って知らなければただの音、ひどいときにはただの騒音でしかないものが、わかるようになると相手にものを伝えられる道具に変わるんだ、ということに改めて気づかされたこと。ほんと何かの魔法にかけられたような気がしたといっても大袈裟じゃない。

英語学んだ時点で気付けよ、って思われるかもしれないけど、中学や高校の授業の英語はどうしてもテストのための語学であって、良い点をとることに楽しみを覚えることができたとしても、特に洋楽が好きとかいうわけでなかった僕にとって、日常生活で日本語以外を使うことが極めて少ない社会においてはそういった外国語を使う楽しみを見いだすことは難しかったんだろう。

こうして聞き流し英会話教材のスピードラーニングがブームになる前にもかかわず、期せずして同じような過程で学んでいったスペイン語。また同時期に同じような経緯で韓国語も身に付けていった。その後は少しかじっていたドイツ語、中国語…と学習を続けていって、今では部屋の本棚には30言語以上約500冊の本に囲まれている。もちろん全部マスターしているわけではない(笑)

 

よく周囲の人々に言っていただくのは、「そんなにいろんな言語を話せてすごいですね」という言葉。でも実は大抵の言語は2言語しっかり話せればあとは似たようなものということ。これは周りにいるマルチリンガルの人々でもだいたい一致する意見。

確かに言語の起源や系統という側面から語学というものは習得していくほど簡単になるのだが、今回はそういった学問的側面ではなく、脳の思考的側面の話をしてみます。

バイリンガルスイッチ

2言語も他言語も同じようなものと感じるのは頭の翻訳機能、言い換えれば言語の切り替えスイッチ(以後バイリンガルスイッチという)にある。

他言語を話すときになぜ言葉がうまく出てこないかというとまずは対応する単語が出てこない、というものが一番だと思う。しかしながらこれに関しては、暗記するなど覚えるという作業になってくるので、言語ごとに苦労でてくる。

この次の段階こそがバイリンガルスイッチ。覚えた単語を組み換えて文章にするという作業が最初の母国語+外国語のセットでできるようになることでこのバイリンガルスイッチとして脳に組み込まれるのである。

そしてこの変換は基本的に母国語⇔外国語と2言語間で行われることがほとんどで、母国語⇔外国語⇔外国語、ということはほぼない。少なくとも会話のなかでこういう変換をしたことはないと思う。よって使用する言語が3つになろうとも変わることがない。

変換先の語学の文法構造が同じならばその変換も速いのはいうまでもないが、その構造が違うものでもはじめて外国語を学ぶ時と比べればその変換速度には雲泥の差があるように感じる。

ただ惜しむらくは、僕が世界でも特殊な文法構造を持つ日本語を母国語にしているので英語やラテン語系等を母国語とする人々が日本語を習得する際にどの程度このスイッチが働いているのかを感じることができない。

バイリンガル教育の考察のところで書いたように、まずは母国語の基礎をかためること、次にその国語力をもとに第二外国語を定着させてバイリンガルスイッチが出来上がればマルチリンガルへの橋は半分以上出来上がっているといっても過言ではないと感じる。

To be continued